高橋 龍三郎
本年度は科研費研究期間の最終年度に当たるため、各分野の進捗状況を見極めながら、総合的結論を得るための学会発表に力を入れた。全体の発表として日本考古学協会第91回総会(5月25日筑波大学)の席上、セッション発表(第3セッション『縄文中期から後期への社会変動を読み解く』日本人類学会骨考古学分科会との共催))で代表者・分担研究者等合計8名が発表した。高橋は「遺構・遺物から見た縄文後期のトーテミズム」と題して発表。ゲノム分野では太田博樹・脇山由基(東京大学)、同位体分析では米田穣・逢坂暖(東京大学)、内耳骨迷路形態では近藤修(東京大学)、黒曜石分析では池谷信之(明治大学)の8名が発表した。いずれも縄文後期社会がトーテミズムに基づく氏族制社会であることを補完的、間接的に証明するものとなり本研究の実証性を示す内容となった。
高橋は後期のトーテミズム論をさらに新たな事例・項目によって実証するためにし、トーテミズム論関係の領域を外延的に拡張すべく、クマトーテム氏族について特論的に扱った。青森県弘前市の岩木山周辺、大森勝山遺跡の環状列石周辺部遺跡でクマをトーテムとする氏族集団の表徴的遺物(クマ形土製品やクマ形土偶、三角形土製品など)が出土し、彼らが環状列石を造営したとの高橋の見解(高橋2023)を追証した。これについては9月に弘前市博物館で講演した。高橋は国内各地の講演会に招かれ、後・晩期のトーテム氏族論と社会論について講演した。
佐倉市魅力推進部主催の「井野長割遺跡史跡指定20周年記念講演会」では講演者として招かれ佐倉市内の井野長割遺跡、吉見台遺跡、宮内井戸作遺跡などのトーテム関係を明らかにし、想定される同族的協力関係と婚姻連帯の両面について講演した。それは昨年度までにゲノム分野で明らかにされた市原市の菊間手永遺跡、西広貝塚、祇園原貝塚人骨の実証的なmtDNA分析結果に基づいたもので、考古学とゲノム解析が初めて合体し有効な結論を生み出したものであった。我が国初の研究成果といってよい。
また国外においては台湾新北市十三行博物館、韓国国立清州博物館において縄文時代のトーテミズム成立過程について講演した。それらはいずれも科研費研究の成果を講演、論文などを通じて公開するものであった。
なお、研究成果については高橋は講演会・学界発表などと論文などで成果を公表している。
池谷 信之
「黒曜石組成型」の内容をさらに充実させるために、縄文後期における埼玉~東京~神奈川の黒曜石原産地推定結果を収集した。その結果、東京から神奈川にかけては信州系+箱根産+神津島産から成る組成型が存在することが明らかとなった。
またAIによる原産地からの移動コストモデルと実際の「黒曜石組成型」を比較した結果、群馬から埼玉にかけて流通する信州系黒曜石のうち、和田鷹山産は、長野県佐久地方から群馬県西北部を経由したものと推定した。和田鷹山産黒曜石は長野県長和町に所在する星糞峠原産地での採掘によって獲得されたものと考えられる。そこには関東系の加曽利B1式土器が複数出土しており、関東集団の直接的な来訪も考慮に入れる必要が浮上した。
同じく移動コストモデルを参照した検討によって、縄文後期に東京から埼玉にかけて流通する信州系諏訪星ヶ台産黒曜石は、甲府盆地から関東山地を越えるルートが用いられたことが明らかとなった。ここは大量の黒曜石が採取・採掘された縄文時代前期後半においても、越えることができなったルートである。
こうした黒曜石の獲得方法や流通ルートの大きな変化の背後には、集団の再編や新たな社会組織の登場が想定される。
植月 学
縄文時代中期~後・晩期の動物資源利用の特質を明らかにするために、引き続き貝塚遺跡出土動物遺体の分析とデータ集成を進めた。実際に分析をおこなった遺跡は東京湾沿岸の以下の6遺跡である。
千葉県松戸市中峠遺跡(中期後葉・住居跡内貝層)
東京都北区西ヶ原貝塚(後期前葉・土坑内貝層)
埼玉県春日部市神明貝塚(後期前葉貝層)
千葉県鎌ケ谷市中沢貝塚(後期前葉~中葉の貝層と盛土遺構)
埼玉県川口市宮合貝塚(後期後葉~晩期の貝層)
千葉市六通貝塚(晩期前葉・骨塚)
以上により、特に縄文時代後・晩期の東京湾沿岸における動物資源利用にかんする基礎的データを大幅に増加させることができた。中峠遺跡、西ヶ原遺跡を除いては今年度中に報告書を刊行予定である。
データ集成は昨年度より着手した東京湾沿岸と霞ヶ浦(古鬼怒湾)沿岸における動物の儀礼的利用例の集成を完了した。その結果、時期による出現頻度の差や、後晩期における対象動物種の多様化、主体種であるイヌ、イノシシ、ニホンジカにおける扱いの差(埋葬と焼骨の頻度)などを確認することができた。この成果については、本科研費の最終報告にて公表する。
太田 博樹
千葉県草刈遺跡(縄文時代中期)出土人骨のゲノム解析を実施した。17体の側頭骨からDNAを抽出し、特にDNAの残存状態の良かった12体について血縁解析のためのショットガンシークエンシングを実施した。これら12個体について6親等以内の血縁関係の有無を推定した。複数の血縁関係が検出され、縄文時代中期集落における居住・埋葬の社会的背景を理解する上で重要な基礎的知見が得られた。
近藤 修
- 内耳骨迷路CTデータの取得
千葉県草刈貝塚出土の縄文時代中期の人骨について、側頭骨のマイクロCT撮影を行い、内耳骨迷路形態の3次元画像を取得した。 - 内耳骨迷路形態の計測と分析
画像解析ソフトをもちい、解剖学的特徴点と曲線上のセミランドマークを定義し、個体間の距離の算出、集団間の形態学的分析を行った。
中門 亮太
2025年度は、2024年度に実施した民族考古学的調査について論文としてまとめたほか、青森市玉清水(1)遺跡の遺物に関する報告書作成を行い、石棒儀礼及び配石行為について考察を行った。特に、環状列石中の配石・石組み、後晩期に構築される配石・集石について、作業スケールの観点から検討を行った。各配石・組石・集石を構成する礫のうち最大礫の重量を推定した結果、後期末から晩期にかけて大型礫の割合が減少し、配石単位では作業量が小規模化する傾向が認められた。構築における共同作業の変化や、構成礫を一括して運搬・構築するなど作業の組織化が進んだ可能性が考えられるが、後晩期の社会変化とどのように結びつくかについては、さらなる検討が必要である。
藤田 尚
- 市原市埋蔵文化財センターにて、同館所蔵の手永遺跡、西広遺跡、祇園原遺跡の古人骨を対象に、遺跡間でのストレスマーカーの差を調査した。個体は死亡年齢時の姿を示すことから、同年齢の個体同士での比較のみ意味を成す。すなわちA遺跡の3歳児のエナメル質減形成とB遺跡の3歳児のエナメル質減形成の頻度差の比較は一定の意味を持つ。20体を超すエナメル質減形成の比較を行ったが、差異があるかどうかは今のところはっきりしない。同一年齢個体の比較には、個体数の関係から制約が大きいが、本研究でその端緒を得られたのは成果である。
- 江戸時代の徳川将軍家の子女の平均寿命を太陽暦に全て直したうえで検討した。結果として平均寿命は男女とも20歳程度であり、近代以前の平均寿命の低さを明らかにした。これは時代が違えども、縄文人の平均寿命(累積的ストレス指標)を考える際に、今後の大きな問題提起と基礎的データとなるだろう。
米田 穣
動物骨のSr同位体比から、骨付き肉の遺跡間での移動あるいは狩猟域の変化を復元するために、市川市向台貝塚(縄文時代中期)10個体と曽谷貝塚(縄文時代後期)13個体で歯エナメル質のストロンチウム(Sr)同位体比を測定した。なた流山市中野久木谷頭遺跡(中期)9個体と三輪野山遺跡(後期)6個体の歯エナメル質から試料を採取した(植月との共同研究)。3月中旬にすべてのSr同位体比測定を完了し、千葉市加曽利北貝塚(中期)および南貝塚(後期)の動物骨Sr同位体比と比較検討し、時期による変化や搬入個体の有無を検討する。
加曽利貝塚で出土した犬骨について埋葬個体と散乱骨における炭素・窒素同位体比の相違について、日本考古学協会第91回総会において、「骨考古学による縄文時代の動物供犠の検討」を口頭発表した。そこで寄せられた専門家からの意見を参考にして、骨組織に残された浸食の違いから、遺体の取り扱い(解体・埋葬など)を推定した結果を加えて、加曽利貝塚における犬飼育の目的の多様性について、論文を準備中である。
